ありのまま生きる人を応援したい
 なぜなら私がありのまま生きたいから

中村真紀公式サイトへようこそ

自分がありのままで気楽に楽しく過ごしたいから、自分だけでなくみんながそんな風に生きられる社会がほしい。
子どものころから、自分がでこぼこしていることは自覚していた。でも、でこぼこした人が好きだと気づいたのは、ずっと後になってからだ。陸前高田で、糸島で、そういう人たちにたくさん出会って、初めてわかった。30年近く、流通・小売の世界を走り続けた。経営の世界にも10年以上身をおいた。でも2020年、すべてを手放して糸島に移住した。
今は経営の現場でも、NVCの実践でも、糸島の地域づくりでも、同じことをやっている。ありのままでいられる場所をつくること。でこぼこしたまま生きていいと、伝えること。それは自分自身がそう生きたいから。

2026年4月4日 中村真紀

2つの指針

「面白くなき世の中を面白く生きる」

自分ひとりで全てを背負って、すべてを変えることもできない現実の中で、
自分に何ができるか、どういう風にできるか、というと、
私の場合は「面白く生きる」ことなのかもしれません。
→About

安心して本音を見せ合える関係を育みながら生きる

安心して本音を見せ合える関係を育みながら生きる 肩書や役割で「こうあるべき」と縛られた関係ではなく、素の自分を見せ合える関係が、私には大切です。それはすぐにできるものではないけれど、時間をかけて育てていけるもの。そういうつながりをひとつひとつ積み重ねていきたいと思っています。
→NVCについて

ライフストーリー

ライフストーリー

荻窪で生まれた。大きな家、大きな庭、幼なじみたち。そのコミュニティの中でリーダー格だった子が、小学4年生のある日、横浜に引っ越し(私には田舎に思えた)、戸惑いやアウェイ感を感じて孤独だった。
それを払拭したくて、中高一貫のフェリス女学院に入って部活(バスケ)を中心に女子にもてて楽しく過ごしていたけれど、目指す大学には合格できず、早稲田に入 り、女子校とのギャップに戸惑いまくり、自称暗黒の4年間を過ごした。なんとなく新聞記者をめざしていて、日経新聞の最終選考まで残ったけれど落ちた。すべり止めで受けた西友に入社した日、「負け組だ」とすねていた。
配属先は町田店の衣料品部門。スーパーの衣料品なんて、と落ち込みまくっていた。でも1週間もしないうちに、大卒女子を育てたいと私を指名して衣料品配属にしてくれたF課長に愛情をもって育てられ、お店が大好きになった。「ああ、私は働くほうが楽しいんだ」。それが、すべての始まりだった。
→ライフストーリー

3つのフィールド

大学卒業後移住するまで、ビジネスの世界で走り続けながら、わかってきたことは、数字や戦略より、結局は「人」だということ。誰かが本音を言える場があるか、安心して失敗できるか——そこが組織の根っこだという確信が育ってきた。

NVCと出会い、糸島に移住して、その確信はさらに育った。役職を外したところに、その人がいる。肩書ではなく人として向き合うと、何かが動き始める。
今は経営・NVC・地域という三つの場で動いている。企業のCHROとして組織と人の変容に伴走し、NVCトレーナーとして本音でつながる場をつくり、糸島では地域通貨やワインプロジェクトで、お金だけに頼らないコミュニティの実験をしている。

バラバラに見えるかもしれない。でも私の中では全部つながっている。どこにいても、やっていることは同じだ。安心して本音を見せ合える関係を、ひとつひとつ育てていくこと。
→3つのフィールド

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