Speak Peace原書からの学び⑩:聖なるエネルギー

このシリーズでは、非暴力コミュニケーション(NVC:Nonviolent Communication)を開発した、マーシャル・ローゼンバーグ氏の言葉を、彼の著書(原書)から抜き出し、私なりの解説を加えることで、英語と、非暴力コミュニケーションの双方を学ぶ機会を提供できれば、と思っています。

最近、まだ翻訳されていない、マーシャル・ローゼンバーグの著書、「Speak Peace」の読書会に参加していて、改めて、彼の言葉の持つパワーを感じているところです。

気になるフレーズ、心惹かれるフレーズだらけなので、それらを順番に取り上げていければなあ、と思っています。

この聖なるエネルギーに応える

前回、前々回の7回目・8回目・9回目に続いて、今回も「リクエスト」にまつわる箇所をピックアップします。過去3回では、相手に対するリクエストについてお話しましたが、今回は、他人のリクエスト(あるいは要求)に、自分がどう対応するか、という観点でのお話です。

前回では、divine energy(聖なるエネルギー)についてお話し、たとえ、相手が自分の思い通りに動いてくれたようにみえても、聖なるエネルギーからくるのでなければ、大きなつけを払うことになる、ということをお伝えしました。

これは、自分自身が他の人のリクエスト(あるいは要求)に応える場合にも当てはまります。

Don’t respond unless it’s coming out of this divine energy.

この聖なるエネルギーからくるものでなければ、応えてはいけません。

And you’ll know it is when you are willing to do it.

そして、あなたは、自分が心からそれをやることを望んでいるときには、わかるはずです。

Even it s hard work , it will be joyful if your primary motive is to make life more wonderful.

Speak Peace(マーシャル・ローゼンバーグ著)

仮にそれがハードワークだとしても、もし、あなたの主要な動機が、人生をより素晴らしいものにすることならば、それは喜びに満ち溢れたものになります。

この箇所は、私の人生観と一致していて、だから、とても好きな個所です。非暴力コミュニケーション(NVC)を学ぶ前は、なんとなくそう思っていたのですが、うまく言語化できていなかったし、あるいは、そのような考え方は、すごくわがままなのではないか、という怖れもどこかにありました。しかし、マーシャルの著書を通じて、何度も、この考え方を聞き、「これでいいんだ」という安心感と納得感が醸成されました。日々、生きていく中で、絶えず、この原則を繰り返し、自分が「聖なるエネルギーから行動しているのかどうか」に、より注意を払うことで、確実に人生の質があがっていると思います。

みなさんが、日々、何かをするとき。それは、聖なるエネルギーから行動している結果ですか?それとも、あまり、喜びは感じないけれど「するべきことだから」「しないと誰かに怒られるから」「しないと、あとで大変なことになるかもしれないから」「するのが社会のルールだから」、嫌々しているのでしょうか?

マーシャルは「聖なるエネルギーからくるもの」以外は、しないほうがまし、と言っています。これは、ある意味、とても過激な考え方だと思いますが、一方で、みんなが、これをできるようになれば、どれだけ幸せ度が増し、どれだけ世界が平和になるだろうか、とも思うのです。

本の中に面白いエピソードが載っています。マーシャルのワークショップで、ある母親が「そんなことをおっしゃっても、世の中にはやらなければいけないことがあります」と言ったと。それは何かを尋ねると、自分は母親なので、料理なんて好きじゃないけれど、毎日やっているのだと。マーシャルは、それをやめてみてはどうか、と勧めました。そして、その母親は、その日、家に帰って、「料理なんて2度としない」と宣言し、解放され、喜びに満ちた毎日を送るようになったそうです。後日、その母親の息子が、マーシャルに感謝しにやってきました。マーシャルが、母親が料理をしなくなったことについて、どう考えているのかと尋ねると、「本当に助かった。もう2度と母の愚痴を聞かなくてすみようになったから」

「〇〇すべき」と思って、嫌々、誰かのためにと思ってやっていることは、実は、その誰かにとっても迷惑だったりすることをあらわす、象徴的な事例だと思いませんか。

みなさんは、毎日、どれくらい、自分の聖なるエネルギーとつながっているでしょうか?

(文責:中村 真紀)